10年ぶりの「ままだいすき」…津波にのまれた娘から届いた15のメール 

2021/03/08 15:18

スクラップ

携帯電話に残っていたひな乃ちゃんのメッセージ
携帯電話のメッセージを見つめる高橋ひろみさん(2月23日、宮城県亘理町で)=鶴田裕介撮影

 東日本大震災の津波で犠牲になった一人娘のメッセージが、使わなくなった古い携帯電話に残されていた。宮城県亘理町の高橋ひろみさん(56)が読売新聞の取材から記憶の糸をたぐって約10年ぶりに見つけ出した。【独自】五輪開幕の直前、東北3県で「子ども復興五輪」携帯電話に残っていたひな乃ちゃんのメッセージ

 「ままだいすき」「おたんじょうびにろうそくおたててけえきたべようね」。たどたどしい言葉遣いから温かな気持ちが伝わる。メッセージを残したのは長女のひな乃ちゃん(当時5歳)。乗っていた幼稚園の送迎バスが津波にのまれ、園児7人、職員1人と共に亡くなった。https://75ac83d9e70fb7f32f9f0c002ac6228f.safeframe.googlesyndication.com/safeframe/1-0-40/html/container.html[PR]

 ひな乃ちゃんは、40歳で「やっと授かった宝物」だった。ぜんそくの持病があり、入退院を繰り返した。幼稚園への入園を控えた2009年に亘理町に移り住んだのは、「空気の良い環境で少しでも発作が減るように」という両親の思いからだった。

 キャラクターをかたどった“キャラ弁”を作ると「かわいすぎて食べられない」とはにかんだひな乃ちゃん。初詣では自分の願い事ではなく「お母さんが幸せになるように」と手を合わせる優しい子だった。震災当日、大きな揺れに襲われた後は、周りの子を「大丈夫だよ」と励ましていたという。

 メッセージは昨年11月、読売新聞記者の取材の中で、お古の携帯電話をひな乃ちゃんがおもちゃ代わりにして遊んでいたことを思い出し、見つけた。ひな乃ちゃんが寝る前に打ったり、ひろみさんに「こういう言葉で打って」と頼んだりしたものなど、全部で15通あった。

 「5じにおこしてね」「あさごはんわめだまやきでおねがいします」といった連絡から、「おはなばたけであそぼうね」「おんせんにいこうね」などのお願いも。打ち終わる前に寝てしまったのか、未完成のものもある。携帯電話のメッセージを見つめる高橋ひろみさん(2月23日、宮城県亘理町で)=鶴田裕介撮影

 ひろみさんは「娘が生きてきた証し。天国で会った時に『楽しかったよ』と言えるよう、精いっぱい生きていきたい」と涙を浮かべて話した。

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