あの戦争は、日本から富を収奪するためのひとつのプロセスにすぎなかった。
もっとも、一つのプロセスにしてはあまりにも大きな影響を日本に与えたが。
しかし、どちらにせよ、あの大戦がなければ日本はここまで弱体化することはなかった。
彼らにとってはそれだけ大切な「プロセス」だったのだ。
明治維新後、日清日露の戦争を勝ち抜き、たった40年ほどで「強者」に成り上がった日本。
国際金融資本家たちは、自らのパイが日本にとられるのではないかと恐れを抱いた。

やられる前に、やってしまえ。攻撃は最大の防御。
それが彼らの行動原理というか、鉄則である。
そこで、彼らは策をめぐらせた。日本をどうやったら叩き潰せるのか。
しかし、完全に叩き潰しては、1億の裕福なマーケットを失ってしまう。
彼らは、お得意のショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)を使って、恐怖を与えてから洗脳するという方法をとったのだった。

そして、その策にまんまとはまった日本は、彼らからすれば「順調に」恐怖を植え付けられ、自らの国を厭視する洗脳にはまり、「富を収奪される」国民となった。
富を収奪されれば、子孫を残すこともままならず、国は衰退し、国民は、生きることで彼らの懐にお金を入れていく奴隷となる。

もちろん、このことに持続可能性などないのだが、そんなことは関係ない。グローバリストは寄生虫なので、搾り取るだけ搾り取ったら次へいくのだ。市場は彼らにとって「使い捨て品」である。

厳密にいえば、まだ彼らの日本植民地計画は、完成していない。
もっと日本国民から富を搾り取れる、そう考えているはずだ。
こうして、構造改革、グローバリズムは続いていく。

Toshi

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