歴史を学べば、人生どう生きるべきかが見えてくる。まさに、最もコスパがいい投資だと思う。

今回は、Toshiが歴史を学ぶとき、語るときに注意していることを述べる。

歴史を学んでいる人、あるいはこれから歴史を学ぶ人のお役にたてたら幸いである。

さまざまな歴史の見方(=史観)があることを承知の上で、自分の史観を堂々と語る

歴史にはさまざまな見方があり、立ち位置によってその内容は変わってくる。

どれが正しいってわけじゃない。重要なのは、自分が最も正しいと思う歴史(=史観)を堂々と語れることだ。

逆に、どんな歴史を語っているかで、その人の立ち位置までわかったりするから面白い。

戦前と戦後で歴史を真っ二つに分けず、連続したものとして捉える

なんとなく、戦前と戦後の日本はまったく違う国になったと、そんなイメージで捉えがちだが、それだと過去と現在がつながってこない。

意外と、昔の人も、考え方は現在のそれに近かったりするし、そう感じられると歴史がとたんに意味のある重いものに思えてくるから不思議だ。

昔も今も、人間はそんなに変わらない。科学技術が進歩したり、社会制度が変わっただけである。それ以外、人間は人間のままだ。

現在に繋がる、普遍的なテーマを捉える

グローバリズムとの戦いは大航海時代からずっと続いている。それと別にチャイナの侵略との戦いも、白村江の戦いの時代からずっと続いている。

これは、歴史のどの時期においても変わらない、普遍的なテーマである。

古代史を軽視しない

歴史というのは、先人が残そうと重い、強い意志で必死に残したものしか残っていない。

先人の記述が少ない部分は、適当に妄想されて創作されている部分が多々ある。

古代史はその典型である。しかし、古代史や建国の歴史にこそ、我々と先祖をつなぐヒントが隠されているように思う。

古代史も現在の視点で理解できたとすれば、これほど強いことはない。

すべての時代から学ぶことができる。

「歴史は繰り返す」ことを体感し、体感させる

グローバリズムに関してはイギリス、アメリカ、日本の順番に同じような歴史をたどっている。

白村江の戦い、元寇、そして現在と、チャイナの脅威・侵略に我々はさらされ続けている。

デフレは何度起きても日本人はそれに対してうまく対応できない。

歴史は本当に繰り返し、振り子のようにふれつづいているのだと思う。そんなことを意識し、体感しよう。

最後に:いわゆる「司馬史観」の問題点

いわゆる司馬史観とは、江戸時代を封建的な、古い、悪い時代とみなすと同時に、明治維新でそれを一気に変化せしめた者たちをヒーロー扱いする、そういう思想である。

司馬遼太郎の歴史小説は確かに面白いが、それがすべてだと思っていると歴史を読み誤るから、注意されたい。

ちなみにToshiは、江戸時代の経済発展、封建社会、生産性向上があったからこそ明治維新が起こせたと思っている。また、鎖国にも、日本を大英帝国のグローバリズムから守ったというメリットがあるため、鎖国を徳川幕府の功績に数えて良いと思っている。

封建制という下地があったからこそ、議会制民主主義がすっと日本に馴染んだのだ。

封建制という下地があったからこそ、大名たちはこぞって投資をし、地方経済を発展させることができたのだ。

長くなったが、歴史を学ぶことはとにかくワクワクして、エキサイティングなことなので、皆さんもぜひ学んでいただけたらと思っている。

Toshi

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