男の子は悲しくても悔しくても泣いたらあかん。男の子が泣いていいのは、嬉しい時だけや。

そんな言葉を聞きながら育った覚えがあります。

人前で大の男が泣いたら、恥ずかしいけれど、嬉し涙なら、許されるよね。男は基本リーダーだから、ピンチの時に泣いていてはダメなのだ。冷静に解決策を探さないといけないのだ。今になって悟りました。

さて、私は時々、泣きます。なぜ泣くかというと、嬉しくて泣くのです。人にしてもらったことが、ありがたくて、忝(かたじけな)くて泣くのです。

今日は、そんな話を一つしたいと思います。

というのも、今日泣いたからです。なぜ泣いたのかというと、祖父母から受けた愛情を思い出して泣いたのです。

父方の祖父は、私をよくサッカーの練習や塾に送っていってくれたり、将棋や五目並べをして遊んでくれました。彼は6年前に亡くなり、もう天国にいます。

父方の祖母はまだご存命です。彼女で思い出すのは、料理。決して料理が上手くはなかったけど、きゅうりとちりめんのなます、ポテトサラダ、味噌汁はとても美味しかったのを覚えています。また作って欲しいなあ。

父は幼い頃すごく貧乏だったと言ってました。もしかしたら国鉄に勤めていた祖父が高頻度で酒を外で飲んだり家で飲んだりしていたからかもしれません。でも、そんなことがあっても、祖母は父を立て、内職などして家庭を支えていたようです。彼女は自分に出来ることを精一杯やっていたんだと思います。

母方の祖父は、すごくおおらかな人で、自分の趣味がいろいろある人です。この方にはあまり欠点が見当たりませんが、

母方の祖母は、私の母の小さい頃、すごく怖かったと言ってました。子育てで疲れたり、満たされないところがあったのかもしれません。祖父が脳天気だったからなのかもしれません。母は三姉妹の一番上なのですが、祖父はもしかしたら、女の子の育児にノータッチだったのかなあ。

ちなみに母方の祖父母はよく、車で地域のイベントに連れて行ってくれたなあ。それが彼らなりのおもてなしだったのかなあと思います。

いつも、おもてなしをしてくれる母方の祖父母にも本当に愛情を受けたなと思います。

(もしかしたら、母たちが小さいとき、三姉妹だと、あんまり旅行とかには行けなかったから、そのことをちょっと悔やんでいたのかも知れないです。)

どうして今日の私がこういう思考になれたのか?

それは、小さい8歳の子ども(患者さん)と30分位喋ったからです。不思議なもんで、子どもと喋ると、自分も子どもに戻る…といえばちょっと言い過ぎですが、子ども時代を思い出します。

久しぶりに、医者になって良かったなと思いました。

まとめると、今日書き残したかったことは、

・どんな家族も、問題を抱えている。親も人間で、完璧ではないから。でも添い遂げることに意味がある。添い遂げる家族がいれば、一人の時でも、心が豊かでいられる。

・たっぷりの愛情を受けて育ったことに感謝。

・医者になって良かった。

こんな感じです!最後までお読みいただき、ありがとうございました!それでは^ - ^

Toshi

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