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参政党伸ばした組織と集金力 地方議員12→155人、党員は維新超え
参政党研究@組織づくり政治2025年7月30日 5:00 (2025年7月31日 8:00更新) [会員限定記事]多様な観点からニュースを考える室橋祐貴さん他2名の投稿

参政党が20日投開票の参院選で非改選をあわせて計15議席に伸長した。単独で参院に法案を出せる規模だ。2022年の前回参院選で国政政党になって3年間で、どう党の土台を築いてきたのか。どんな支持を得ているのか。背景を読み解く。
「衆院解散・総選挙に向けて足場固めをすることが最優先だ。衆院で存在感を示す議席を取らなければいけない」。神谷宗幣代表は日本経済新聞のインタビューで次期衆院選を視野に強調した。
参政党は今回の参院選を党勢拡大の節目と位置づけ、事前に布石を打っていた。
まず神谷氏の続投が決まった5月の代表選。全国で討論会や街頭演説を繰り返して認知度を高めた。その後、同月に党員との勉強会などで議論を重ねて2年かけて完成した憲法案「新日本憲法」を公表した。賛否両論が沸き起こり、ネットで党への関心が広がった。

参院選直前には日本維新の会を離れた梅村みずほ氏を加えて国会議員5人を確保し、日本記者クラブの党首討論会に参加。テレビ各社の番組にも他の政党と並んで出演することになった。
一時的な話題づくりにとどまらず、地道な地方組織づくりにも力を注いできた。参院選後の22日、神谷氏は「全国で選挙できる体制を党員がつくってくれた。我が党の一番の強みだ」と話した。
神谷氏は22年の前回参院選の直後、党内の会議で全国に289ある小選挙区の全てに支部をつくろうと呼びかけた。それから3年間でほぼ狙い通りの287に広がった。
党員自身の活動が党勢拡大の柱だ。「Do It Yourself(DIY)」を合言葉に「ネットどぶ板」を徹底する。党員やサポーターがビラ配りなどに汗をかきながら、ショート動画といったSNSの拡散も担う。
党員になると毎日、メールで音声や動画が配信される。毎月のようにオンライン講義もある。政治塾やタウンミーティングも繰り返して結束を固めてきた。
引き付ける「大人の部活」
党の主張に賛同する仲間との交流が人を引き付ける要素になるという。外国人の土地取得問題への関心から活動に参加した60代の女性党員は「大人の部活だ」と話す。党の勢いがでると堂々と「応援している」と言いやすくなり、輪が広がったという。
20年の結党時に3000人ほどだった党員は内閣府の資料によると24年末時点で6万8000人に増えた。同年11月末時点で5万7338人だった維新を上回る。
党の基盤が強くなると地方議員も次々と生まれる。22年末はわずか12人だったが足元では13倍近い155人に増えた。6月の都議選では初挑戦で3人が当選している。

党創設時を知る人物は組織づくりに関し「立場は全く違うものの、公明党と共産党の形態に近いものがある」と解説する。
公明党は支持母体の創価学会が全国に持つネットワークを生かして票を集める。共産党は機関紙「赤旗」の購読料を資金源とする。両党とも地方議会に多くの議員を送り込み、地域の声を丹念に拾うことを重視する。
党費や個人寄付で資金力
参政党は活動に必要な資金力もつけている。政治資金収支報告書によると23年の党収入19億9800万円ほどのうち4億4800万円を党費が占める。地方組織づくりで得た党員が重要な収入源だ。
党費はかなり高めだ。政策立案に関われる「運営党員」が月2500円、「一般党員」は同1000円。自民党や立憲民主党の党員の年4000円、日本維新の会の一般党員の年2000円と比べると高さが際立つ。

個人寄付も引き寄せている。収支報告書によると23年は本部・支部あわせおよそ1.3億円で、野党第1党の立民の2.6倍ほどに達した。直近の5月から参院選期間にかけて募ったクラウドファンディングは目標の1.6億円を上回り、2億円に迫った。
もちろん急速な党勢拡大はひずみも生む。神谷氏は「急激に増える想定で事務局や党のスタッフ体制をつくっていなかった」と漏らす。党所属議員は「神谷氏に何でもかんでも集中しすぎている」とみる。
参院選期間中にも不安が露呈した。東京選挙区で当選したさや氏(本名・塩入清香氏)がロシア政府系メディア「スプートニク」のインタビューに答えた。米国が制裁対象にする組織で、選挙介入の懸念を問題視する指摘も出た。
神谷氏は問題が発覚すると関与した党職員に辞職を勧告した。組織の手続きを踏まず、党首の独断で処分したことにSNSなどで疑問の声が上がった。
神谷氏は26日、自らのX(旧ツイッター)に「他の議員の皆さんにも分担をお願いします」と書き込んだ。ガバナンス体制の整備が問われている。
神谷宗幣代表とはどんな人物? 政治の原点は教育
1977年に福井県高浜町に生まれた。関西大文学部に進み、学生時代に世界18カ国を旅して日本の教育を考えるようになったという。卒業後は高校で英語や世界史を教えた。影響を受けたものに坂本龍馬の国家構想「船中八策」をあげる。
関西大法科大学院を経て、2007年に大阪府吹田市議に初当選した。1人会派「吹田新選会」を立ち上げ、日本維新の会の創設者の橋下徹元大阪府知事らと教育を考える会合を持った。
12年の衆院選に安倍晋三元首相の後押しもあって自民党から出馬したものの落選した。その後、YouTubeチャンネルで国家観などを配信するようになった。「投票したい政党がないから、自分たちでゼロからつくる」と参政党結成を主導した。